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ワシが自律神経失調症になりまして。

心身症との20年間の付き合いの笑えないようで笑える生活をつづります

5歳で団体行動は無理と判断

幼稚園がすでにダメ

とにかく「幼稚園に行くのが嫌で嫌で仕方がなかった」という記憶だけは未だにしっかり残っています。

幼稚園は団体生活を訓練するような場だったような気がします。

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みんなで何かをする」のが世界一嫌いでしたから、「早く小学校へ行きたい」

「この生活ルーチンから解放されたい(まあこんな格好いい言葉では思っていなかったでしょうが、意味としてはこんなことです」

 

だから、小学校はそれほど嫌だったという記憶はありません。不思議ですが、小学校の場合は団体行動というより、勉強をする場というイメージが強かったからだと思います。

勉強なんかどうでもいい、と思えれば、意外と気楽なものです。

毎日、学校へ行って、ぼーっと授業を聞きながら、自分の世界に入っていればいいのです。別に勉強が分からなくても、そんなことどうでも良かったですから。

 

唯一、いやだったのは不味ーい給食を食べることぐらいですか。なんか団体行動みたいな気がして、よけい嫌でしたね。

運動会も遊びみたいなものでした。

 

中学校は最低の教育機関

ご気楽な小学校時代を過ごした、団体行動超苦手な少年にとって(私も昔は少年でした)中学校は軍隊そのものでした

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厳しい校則、憲兵みたいな先生、特に体育の先生はひどかったですね。

幸いその代わり、当時はいじめみたいなものはありませんでした。

私みたいに暗くて弱くて小さい少年は、恰好のいじめの対象だったでしょうが、軍隊のような厳しい規則と軍曹みたいな先生のおかげで、みな人をいじめる余裕がなかったのでしょう。

 

最大の団体行動は運動会でした。放課後、毎日毎日行進の練習ばっかり。

そして団体体操(北朝鮮の踊りみたいなものかな)の練習も最低でしたね。

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とにかく何から何までがんじがらめで、学校へ行ったら「一刻も早く家に帰りたい!」それだけしか考えてなかったですね。

会社へ行ったら「早退したい!」と思っていた40代の頃の自分とダブります。

 

もし、殺人が許されるなら、この頃の先生を皆殺しにしてやりたいと思います。

最低の人間ばっかりでしたね。

私の自律神経失調症の基礎は、このころ培われたと言っても過言ではないでしょう。

こんな人間の屑みたいな教師どもは、一生許しません!

 

おそらく、この暗黒の中学生時代さえなかったら、もう少しゆる~い人格が形成されていたと思います。