会社員時代の心身症…4 まさかの職場復帰、そして“めまい”
もう完全に諦めていました
休職して1年ぐらい経つころには、「職場復帰は無理かな」と思い始めていました。
一向に良くならない体調のこともありますが、仮に復帰できるまで回復したとしても、会社がそう簡単に受け入れてくれるかどうかわかりません。
私は入社以来ずっと事務畑でしたので、50歳で全く畑違いの仕事をするのは無理ですし、ましてや病み上がりではなおのことです。
かといって、私が復職するときの運よく事務畑の空きがあるなんでうまい話があるとも思えません。
ところがうまい話があったのです
経理の女の子が結婚で川崎市(旦那の勤め先)へ転居するため、寿退社することになりました。私の会社は勤務先が大阪に限定されますから。
2002年5月(休職から1年半ぐらい経っていました)の連休明けから、ぼちぼち引き継ぎをかねて勤務することになりました。
「ぼちぼち」というのは、朝から午後2時までとか、午後から夕方までとか、しかも毎日行くわけではありません。確か週に2~3日ぐらいだったと思います。
もちろん、デパスは常にポケットに入っていました。
まだ、傷病手当金が支給されていましたから、交通費だけもらって無給で気楽に仕事を始めた次第です。
8月から正式復帰
7月で傷病手当金の支給が終了しますので、8月1日から正式に復帰ということになりました。
試運転期間が3か月ありましたが、フルタイムでの勤務はほとんど経験していませんので、もう不安いっぱい、全く自信がありませんでした。
通勤の電車も各停しか乗れませんし、混雑を避けてかなり早く出社していたと思います。
確か8月12~3日ぐらいから、5日間ぐらい夏休みがあったと記憶しています。
「何とかそこまで頑張ってみよう」あかんかったら、辞めよう。
夏休み明けに出社できなければ、そこで諦めよう。
身近な目標だけみて、その先は考えないようにしました。
夏休みを乗り切ったら、8月いっぱいまで。
年内、正月明けを乗り切ったら、3月まで。
次の関門はめまい
こうして、5年ぐらい、なんとか仕事を続けることができました。
帰りだけは急行にも乗れるようになり、少しずつ電車に慣れていきました。
散髪も10分でできるところで。10分だと思うと、気分的にものすごく楽でした。
人数の多い飲み会は遠慮しました。
そして、
ある日の夕方、突然激しいめまいに襲われました。
しばらく様子を見ていましたが、「救急車をよびますか?」と上司に言われ、「お願いします」。さすがにデパスを飲んでも、どうにもなりませんでした。
生まれて初めて、救急車に乗りました。
点滴では治まらず、1日だけ入院。いったん自宅へ帰りましたが、めまいは治まりません。原因不明。
「こらあかんな~」今度こそ退職を覚悟しました。
【ワシの闘病記 会社員時代編】